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靖国神社を戦争テーマパークに!

(今日は、号外です~)
====
靖国神社が騒がれ始めたのは近年のことだ。
私が四谷で過ごした子ども時代、
靖国神社は、戦死者を忍ぶ場所であった。
我が家的には、その、ごく近くにある
「千鳥ヶ淵(戦没者墓地)」とセットになっていて
小学生の頃、
皇居のお堀の横に彼岸花が咲き乱れる季節になると
父と神保町の古書街に行くがてら、お参りに行った。

どちらかと言えば、靖国神社が副(サブ)で
千鳥ヶ淵が主(メイン)だった印象を持っている。
靖国神社では、
大砲や戦車の、おそらくレプリカ?に上って遊べるので
ここに行くのは楽しみだった。
同時に、古い記念館では、戦死した兵士の血のついた服や
特攻生の残した手紙が、子ども心に突き刺さった。

靖国神社が、ある意味、「動」だとすると
千鳥ヶ淵は「静」だった。

千鳥ヶ淵では、すぐ横にひろがる
一面の彼岸花を眺めながら
静かな空気にさらされていた。
(まだ10歳にもならなかった頃だと思うが
 その風が脳裏よりも肌に今でも残っている。)

当時は、まだ、A級戦犯の合祀前だったはずだ。
その後、お参りに行った記憶は無い。
単に年頃になって父と行動したくなくなったからだろう。
学徒出陣をした父からA級戦犯合祀について
聞く事は、一切、無かったし
A級戦犯に対する批判なども聞いた事が無かった。

稀に聞いた戦争の話といったら
入隊当初、「生意気な学生」達の一人として
しょっちゅう上官からビンタを受けていたが
持ち前の喜劇的性格で上官から気に入られ
しかも近視であったので
「幸運にも家畜係」になり、ブタに餌をやる日々を
過ごしていた..という事くらいだ。
これは、戦争の話というよりも、むしろ
「だから、芸は身を助けるというのだ
 人を笑わせられる能力は生死をかけるほど重要だ」
という教訓の一つとして話されたものだった。

戦友の会があれば、いそいそと出て行き、
ノートに当時の想い出を小説にして綴っていた、
そんな父の、私の目にもはっきりとわかる
戦争の「記念」は
戦友との集合写真と、肩の傷だけであった。

実は、戦犯が処刑された「巣鴨プリズン(刑務所)」には
母に連れられて、小学生の頃、行った事がある。
当然、中を見たわけじゃないが、
ふるえるように高く暗い壁の記憶がある。
何やら恐かったという気持ち自体は
しっかり焼き付いている。

当時、既に、「東京裁判」というものについては
小学生ながら、かなり詳しく知っていた。
なにしろ、5歳上の兄が、「戦争ヲタク」であったので
家には、戦記物の本や雑誌やマンガが
溢れるほど、そろっていたし、
1960~70年代当時は
戦争映画や戦争ドラマが少なくなかった。
「人間の条件」や「ひめゆりの塔」やら
小学生に見せるテーマでは無いかもしれないが
その頃の日本の戦争系映画は殆ど見ているはずだ。

そんな小学生の私にとって
巣鴨は
「私は貝になりたい」
が、壁にさえ、具現化されていた場所だった。
心が冷えて行き、ひたすら恐かった。
そこは戦争の跡の匂いがした。


3年前だったか
何十年ぶりかに、靖国神社を子連れで訪れた。
靖国神社は、記憶の中にあるものと
すっかり変っていた。
最も変ったのは記念館(遊就館)だった。
大きなゼロ戦が一階のロビーに展示され
それが、何か、テーマパークの様な印象を与えた。
結局、中に入らなかった。

そして、千鳥ヶ淵に向かう所で
「昭和館」に出逢った。
昭和館には全くといっていいほど
入場者がいなかった。
入って行くと、美人のレセプショニストが
満面の笑顔で迎えてくれ、
切符を買い、上階にある展示館にいたるエレベーターまで
手取り足取り的な丁寧さで付き添ってくれたくらいであった。
上の展示館では、また、別の美人係員が笑顔で迎えてくれたが、
びっちり寄り添って説明するわけではなく
中は、自由に見せてもらえた。

ここは、戦前、戦中、戦後の一般市民
とくに子ども達の生活が
かなり肉薄した状態で伝わってくる場所だった。
実際にかぶれるヘルメットや防空頭巾
当時の子ども達の記録ビデオの数々...
戦後の記録ビデオに登場した10歳の、
幼児にしか見えない栄養不良でやせ細った男の子の姿に
当時、同じ10歳だった長男は震撼した。


靖国神社(昔は「招魂社」だったか??)は
現在、喧噪激しい中で
神社を超えた「多目的な存在」になっている。
その中の一つは
「テーマパーク」であろう。
別に「わび・さび」な靖国神社に戻そうという
つもりは全く無い。
しかし、どうせテーマパーク化するなら
もっと徹底的にテーマパーク化したらどうだろうか?

誰でもわかっていることだが
戦争は、遊びやキレイ事じゃない。
しかし、それを、一般市民は
概念ではわかっていても「感じ得る」事は難しい。
よって
従軍生活を「疑似体験」できる
そんなテーマパークを作ったらどうだ?

例えば、映画化で有名になった硫黄島
まず、あの島の気候、暑さと乾燥
それを、実現した空間を洞窟も含め作るのだ。
もちろん、巨大な虫も、わんさか、いれる。

入場者は、戦闘服に着替え、
一応、虫除けのスプレーをかけて入室。
入室後は2時間、出れない。
用意された軍舎の「寝台(棚)」に寝転がり
空襲の音がしたら、重い銃をかついで飛び出したり
洞窟に身をひそめる。

一般従軍生活体験としては
暑い中或は寒い中、さらに大雨の中、
重い装備で1時間ひたすら行進するか
すっと塹壕に潜むか
どちらも
1時間過ぎると、今度は、敵の砲火を受ける。
小屋に近づくと、中からも、また砲火。

他にも
冷凍庫環境で重労働に従事させられる
シベリア抑留疑似体験、
逆に暑い空間で重労働させられる
POW(英国などの戦争捕虜者)体験、
中国朝鮮人炭坑夫重労働体験、
襲撃され沈没する空母体験、
人間魚雷体験、

憲兵による拷問体験は
危険なSM系になるおそれがあるので
実現可能であるのが残念だ。

別口として
空襲下の一般市民体験。
雨戸をきっちりとしめた部屋で
電灯には黒い布をかぶせ
空襲警報が鳴ると防空壕に飛び込む。
周囲が火事になり(温度調節)
その中をにげまどったすえ
川に飛び込む。


疑似体験テーマパーク
真剣に作ってほしい。

どのコースを体験するにしても
2時間だけだ。
命に別状は無い。
(もちろん心臓や健康状態に異常がある人を除く。)

2時間だけ
疑似体験しよう。
そして
その後で
あらためて、戦争について考えよう。

===============
あぁ、また、パンチパーマやっちゃった...
テーマがしぼれないぃぃぃっ
こんなブログで、すみません~。
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テーマ : 軍事・平和
ジャンル : 政治・経済

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No title

まったくだねえ・・・。
私はあそこへはよく、子供の頃銀杏拾いに行った。
あのあたり、公園とか意外と少ないからさ、こういうあたりで
育つ子達にとっては皇居が庭だもんね(笑)。
でもさ、毎年、今日当たりがちょうどいいんじゃないかな、
って目星をつけた日に拾いに行くと、なぜかトレパンをはいた
若い男女がいっせいに大きなビニール袋もって
来てて、だーっとまとめて取っていっちゃうの。
あの団体はいったいなんだったのか、今も疑問でしかたない。
まさか右翼にかりだされて靖国の銀杏全部拾え、と
指図されてたわけじゃあるまいし、どっちかというと共産党系
男女って雰囲気だったが・・、
まそれはいい。靖国問題が騒がれ始めたのって、わたしも
わりと最近って感じがあるから、最初は「ナニを今更」って
戸惑う気持ちが強かった。
誤解のないように言うと、この問題を論じることを軽んじてる
わけじゃなくてね、「最近」騒がれ始めた、ってとこに
私は胡散臭いものを感じる。
日本人が心から、「・・・もうあそこへの参拝はやめよう」って
思うなら、私は支持するけどね。

No title

この夏、「ママが絵を見ても大丈夫なら、
『はだしのゲン』を読んだ方がいいと思う」と息子に勧められた私です。
でも、小3の学級文庫でチラッと見て、
脳裏に残って何日も眠れなかったので、
(そういう中を潜り抜けた人には失礼なことですが、ごめんなさい)
読みたいけど読めない、
でもそろそろ読まなければいけない気がしてますが、
でもπ太郎のように、本やマンガで戦争に触れている子こそ、
マロさんご提案の、体験できるものが必要な気がします…。
っていうか、連れて行けって感じですが、
記念館に入る勇気がない…。
なんか、私って人間としてダメって感じ。(;;)

ぱんちぱーま???

祖父は戦死してるんですけど、靖国神社は行ったこと無いです。
あたしは隣の県民なので、原爆資料館やドームが遠足などのセットでした。
被爆者の人形が怖かったなぁ。。

子供をつれて親がまたそこに行くってことにも意義があると思います。

戦争記念館

韓国にはいくつか戦争をテーマにした館があり、中には日本の侵略や拷問を告発し後世に残すためのもありますが、ソウルの中心部にある「戦争記念館」は、朝鮮半島がかかわったあらゆる戦争関連の資料やモニュメントを展示している広大な博物館です。主に韓国戦争(韓国ではこういうけど、要するに朝鮮戦争)と韓国が派兵したベトナム戦争についての疑似体験ができるところがあります。。。

ここは大韓民国成立の歴史を知るのにすごく良い場所で外国人が見学する価値も大いにありますが何よりも国民の愛国心を養う目的もあって、小さい子連れの若い母が「この人はウリナラのために死んだ愛国者だ」と説明するのを見たこともあります。

韓国ではまだ戦争は終わっていないし(休戦中)、38度線では今も緊張が続いてるし、徴兵もあるし、イラクに派兵してるし、日本に対する過去の謝罪要求も継続してるので、日本で日常に戦争を意識しない人々から見れば戦争に対するイメージがもっとなまなましいのですが、それでも今の世代の若者はたぶん日本ほど平和ボケではないにしろ、親の代より経済的にも恵まれて、戦争よりも他の懸念に心を奪われております(受験とか恋愛とか)

にしてもやはりいざ戦争がらみの話題になると日本の若者より韓国の若者のほうが敏感でしょうか。。。日本の戦争ヲタクはやはりマニアでゲーム感覚なのかと思いますが韓国ではもっと国防について叩き込まれているので有事の際は自分のことではなく国や家族民族を考えよという教育によってかなりの人が影響受けてます。でも誰だって戦争したくないし本当はかかわりたくないし嫌だろうと思います…だから徴兵逃げる人だっているし…

日本では戦争体験を語れる人がどんどん減っていて、その恐怖がリアリティを失っていくのがマズイです。平和が続くのはいいことですが、戦争をゲームだと思ってる人が増えてるような気がしてならない。靖国を利用するなら決してゲーム感覚戦争ヲタクのたまり場にして欲しくない。

私の亡き伯父(父の兄)は陸軍士官出て出征して戦後はB級戦犯で公職追放、私の祖父(母の父)は商家の跡取り息子だったけど敗戦色濃い時期に赤紙で太平洋の飢餓諸島のどこかに送られ戦死で遺骨もなし。

父も母も戦争をリアルに体験した世代より少し後ですが、肉親の失職や戦死でモロにあおりを食ったので、復興の時代ではありましたが悲惨な経験もあるわけで、私はそういう話ばっかり聞かされて育ってます。

だけどリアリティのない口伝だけではやはりインパクトに欠けるので、小さいうちから戦争についての悲惨さを知るための博物館はもっとあってもいいですね。戦死したら祀るというのも、戦死が偉いんだという考え方にすり替わって欲しくない。この人たちは国のために死んだけど、平和ならそういう犠牲者は出なくてすんだ、もう出すべきじゃない、っていうふうに理解にしてもらったほうが個人的にはいいと思う。。。

No title

俺なら戦争が始まったら真っ先に逃げますwww
なんで政治屋のために命落とさなければならないのか…
戦争を起こす人たちが真っ先に前線に出て行くならしょうがないけど、安全なところで酒飲んでるやつらのために死んだら成仏できませんよ~。

ところで靖国よりも、昭和館の美人レセプショニストが手取り足取りエッチに寄り添ってくれることに興味があります(これなら成仏できる)

餡子

ぎんなん~~、なつかし~~。
踏むとくさいんだが、茶碗蒸しには欠かせないし。(笑)
墓参り団体なんじゃないか?
いや、トレパンはいた団体ってのはさ、基本的に、みな
共産党に見えるんだよ。
しかし、右翼も左翼も神輿かつぎも、みな
はちまきってのが、日本的で良いわん☆

そうなんだよね。皇居って庭だよね。(笑)
でも、靖国神社は、ほんと、昔は、
神社の一つ(ただし大きい)って感じだったけど
今、随分、雰囲気違ってるよ。
参拝については、人為的に騒がれてるように感じる。

お幸

「はだしのゲン」読んだな~。
絵は、劇画と昔の少年漫画の中間的なので
それほど、おどろおどろしくはないよ。
(あ、でも、お幸、センシティブそうだからなぁ)
私の印象に残っているのは
お金持ちの息子が被爆し体中に
ウジがわいて強烈な悪臭のため
家族も面倒を見たくないんで
ゲンをやとって、看病させる所。
家族にも見捨てられて
なげやりになっていた息子と
ゲンの間に友情がめばえるんだけど
(それは、それで感動的な話なんだが)
どうしても
家族、兄弟姉妹ならともかく
父母だったら、看病を人任せにできるだろうか
って所が、ひっかかった。
どうせ死ぬんだから、って
割り切れないと思うんだよねぇ。
でも、考えてみりゃ、私も兄は
完璧に人任せだから、同じことか...
みな、自分が生きることに必死だった時代なのか..
ま、そこが、ひっかかって
たぶん、中学か高校の時に読んだんだけど
すごくよく覚えてる。
おすすめです~。

湯船っち

ぱんちぱーまは、
私が、ころころ主旨を替えていた
【極西】ブログの時のKazさんの名言
「昨日まで彼女が住んでいた部屋に行くと
 彼女がいなくてパンチパーマのチンピラが
 出て来たら、もう、二度と行くもんかと
 思いますもんね」(大体、こーゆー意味)
と、エイガリアンの
「サッカー話題はパンチパーマ男ってことね」
(大体、こーゆー意味の発言)
から、来ているんだよ。
要するに、ブログの主旨から、はずれた記事ね。
つか、主旨自体が無いのか、このブログはっ(爆)

ところで、
そっか、そだよね。湯船んとこは、場所柄
広島近いもんね。
私は、全く行った事ないよ。お恥ずかしい。
でも、旅費が出せない~っ!!

N☆

おぉ、これだけでブログの1エントリになりそうな
長文、ありがとうよっ!!
読み応えあって、嬉しい!!!

韓国は、ほんとに、言ってみたい。
N☆の話を聞くたびに、そう思うよ。
「ウリナラの為に死んだ愛国者」
もう、亡くなってる方に関しては
私も、そう言うだろう。
でも、韓国は知らないが
昔、日本では、親が子どもに
「お国のために尽力せよ」が
「戦って死ね」いや正確には
「死をおそれず戦え」だったんだが
いつのまにか「死ね」
って言わなければいけない状態になっていったんだよね。
「武運」を祈るのは素晴らしいことだが
その武運の中に、いつのまにか
「自らは死んで相手を討て」
になっちゃってたでしょ?
それを
自分も活かして相手も活かして
共存しながら発展する方法を考えろ
にもっていく教育をしなければいけないんだと思う。
別の所に書いたんだけど
「常識を疑い
 現状を多面的に観察し
 その理由を多面的に分析し
 将来的な方向を多面的に考え出す」
これが一組になった教育を子どもに与えていかないとなぁ。

そうか、N☆のおじいさまは南洋で戦死されたんだね。
それは、一番、辛いよね...。
遺骨収集団の方々も、もう高齢で旅行は無理だったり、
亡くなられているけれど、次世代は育たないみたいだね。
やはり戦友は、自分だけ生き残ったという
とがめを感じてしまうものなのだろうか。
本人は、全く、悪くなくても...。
ともかく、その後をたくましく
生き抜いた、お祖母様、お母様あってこその
N☆なわけだね。

ところで、戦争オタク
たぶんね、現在では
「戦争ゲームオタク」と
本来の「戦争オタク」が
混同されていると思うんだ。
戦争オタクは、地味に
戦記や当時の記録などを読みあさるタイプ。
戦争ゲームは、囲碁や将棋。
もっとも、
戦争ゲームオタクでもあり戦争オタクでもある
という新世代のほうが、今は
多いのかもしれないな。
いずれにしても、危険な状態になっているのは確実。

祀る。そうなんだよ。
なぜ、千鳥ヶ淵が主かというと
あそこは、兵士だけではなく、全ての
戦没者のための墓地であり記念館だから。

Kazさんっ

そうそう、逃げてくださいよっ!!!
私の息子にも、逃げてほしい。
絶対、死んでほしくない。
何があっても生き延びてほしい。
しかし、一番良いのは
逃げなくてすむ状況を維持すること。

昭和館に行ったのは3年前でしたけど
本当に二人とも美人でしたよ~~。
東京に行ったら、是非どうぞっ!
頼んだら,人気のない館内を
手取り足取り案内してもらえるかも(笑)。

ところで、ケータイの記事
いつアップされるんですかぁぁっ?!!!!
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