スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昭和16年12月/大本営海軍大佐インタビュー【6】

やはり海軍大佐、英国海軍への勝利は、ことさら嬉しかったようで
意気揚々と話は佳境へ。

==週刊朝日(昭和16年12月28日号)から【6】==

【ハワイマレー沖両大海戦を讃ふ】(平出大佐に聴く)
週刊朝日巻頭記事
12月12日
海軍省にて

大本営海軍報道部
海軍大佐
平出英夫氏

本社出版局長
鈴木文四郎

===Part 6===
【平出】
だから、私はこう思いますね。
海戦に先立ってプリンス・オブ・ウェールズに坐乗していた
極東艦隊司令長官フィリップスが出した戦いを開くという命令を見ると、
今から日本艦隊と決戦だといっているんです。
ところが、日本艦隊が見えないうちに飛行機にやられちゃった。
飛行機などにやられようとは彼等は毛頭思っていなかったんですね。
【鈴木】
彼は日本の艦隊がマレーを攻撃するというのを聞いて、
その妨害に出て来たわけですね。
【平出】
日本の艦隊をやるよりも陸兵をやりたかったんですよ。
それは北アフリカの作戦で味をしめているんです。
ドイツ、イタリアの連合軍がエジプトに進入して来る、
その時に、あそこは砂漠ですから海軍以外に道がない。
そこでドイツとイタリアの兵隊は海岸を通っている、
そこへイギリスの艦隊が行って、地中海の海岸から
艦砲で射撃を加えたんです。
これは陸軍の大砲とは非常に威力が違いますから、
艦砲でやられちゃ陸軍はたまらないんです。
それでドイツ、イタリアの陸軍もさすがにまいって、
ついに引き退がったという事実があります。
勿論あの作戦をドイツ、イタリアが途中でやめたというのは
暑さのせいもありますが、なかなか進めなかった理由の一つに
イギリスの艦隊からの射撃という物があったんです。
【鈴木】
今度それと同じことをやろうと思った訳ですね。
【平出】
そうなんです。ところが、ノコノコ出て来たうしろへ
日本の飛行機が行ってやっつけた。
そこまでは彼等として考えなかったんだと思いますね。
とにかく自分の艦は沈まないんだ、
世界一の海軍国なんだという考えですからね。
【鈴木】
彼等としても巡洋艦、潜水艦、駆逐艦、
いろいろ引き連れておったのでしょうか。
【平出】
巡洋艦を引き連れておったことは確かですが、
そのほかについてはわかっておりません。
航空母艦は持っていなかったようです。
ハワイであれだけ大きな作戦をやった、
日本艦隊は相当向うへ行っているだろう、こっちへは
あんまり来ないのだろう、そう思って出て来たようです。
しかし、とにかく正々堂々と出て来たんですね。
ハワイの場合はまだ兵隊も寝ているし、幹部は
お留守だし全然予期していなかった。
マレー沖の海戦の場合は
日本海軍を攻撃するという精神でやったんですから、
向うもチャンと準備をしていたんです。
世界一の海軍国だという考えがあったからでこそでしょうが、
出てくるまでは実に正々堂々たるものでした。
【鈴木】
さすがは日本の空中魚雷ですね、あれは一発で沈め得るものですか。
【平出】
いや、一発とはわれわれ思っておりません。
やっぱり何発か中っていると思います。
それから急降下爆撃もやっておりますが、
これも相当の効果を挙げてると思います。
【鈴木】
向うの飛行機の妨害はなかったんですか。
【平出】
それは聞きませんね。なぜかというと、
航空母艦ならば戦闘機を持っておりますけれども、
戦艦は偵察機だけしか持っておりませんから
飛び上がればすぐ日本の飛行機にやられてしまうに決まっております。
日本のに敵かなうという見込みはなし、
そういう事で恐らく出さなかったんだろうと思います。
しかし砲火による防御は勿論十分にやったんです。
それから生き残った向うの水兵の話によりますと、
殆ど全部命中です。殆ど全部の爆弾が
二つの戦艦に中っているというのですね。
【鈴木】
救われた英水兵ですね。
【平出】
駆逐艦か何かに何百名が救われて、シンガポールへ帰った連中が、
そんな話をしているようです。
無駄だまが一つもないそうですよ。

(Part 7 へ続く)
=========
具体的な描写から平出大佐の喜びが伝わって来ます。
この後、大佐と局長の英米政治家批判が噴出します。
==
宜しければ、是非、励ましの一押し
お恵みください~っ!
携帯モバイルブログ
ブログランキンへ
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

久々に来ました

 マロ、歴史物掲載中だったのね。
 
 東郷神社の「能美の市」というのも初めて知ったけど、「能美」とういう典雅は字はどこからついたんだろう?

 第二次世界大戦中の雑誌を今読むと、こんなばかげた事を日本の上層部は本気で考えていたのかと唖然とするけど、当時は時代の趨勢として常識的な考えだったんだろうね。

 歴史から学べ、といつも言われながら、人類が愚行を繰り返すのも、その時代の流れにどっぷり浸かってしまうと大局が見えなくなるということかもしれない。
 
 当時の日本の英米政治家批判、楽しみにしているね。

 

madu~~

おぉ、こんなに早く初コメにたどり着くとは
今回は、フットワークいいね!(笑)

そうそう「能美」って字がいいよね。
細々とやっているのかと思ったら
想像よりも規模が大きくて驚いた。

ところで、この当時の上層部。
現代の上層部とも大差無いし、
当時も今と同じように
情報を持っている人もいれば
持っていない人もいたし
持っている人の意見が通るとは限らない。
ただ、開戦当時は、かなり、
日本も好調だったのかもしれないとは思うよ。
戦争が短期で終結していたら..
今は、どんな世の中になっていただろう?
これは、また、別途、転記が終わったら書くね。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
検索フォーム
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。