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自意識過剰と位置

ネットを始めて8年あまりになるが、この間、
ずっと気になっていたのが
「自意識過剰な人」を結構よく見かけることである。
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「自意識過剰な人」とは
不特定多数に向けられたメッセージ
特に批判を読んで
それを自分への批判と受け止めてしまう人の事だ。

他人のブログや意見が
自分の意見や理念と異なる場合
反応が大まかに三つに分かれるのではないだろうか。
「ふーんこういう考えもあるのか」傍観系
「どうして、こう考えるんだろう?」好奇心系
そして
自意識過剰系だ。

この自意識過剰系は、
自分と反する或は理解できないブログや意見を読むと
あたかも自分が批判されている様に感じてしまうらしい。

ブログにしても、掲示板にしても
意見は、あくまでも、
キャッチボールの様に、
書き手と読み手の間で
ボールがやり取りされているのではない。

むしろ、書き手と読み手は
同じ線上に立ち、書き手が投げるボールの
行き先を読み手は眺める、という
位置関係にあるのだ。

だが、自意識過剰な人は
そのボールが、自分に向かって
投げられていると勘違いしてしまう。

この自意識過剰さと
感受性の強さとは関係が無い。

感受性豊かな人の中には、
芸術作品や文学作品に触れ
絵画や音楽や書籍から投げられたボールを
ずっしり受け止めて共感/感動する人もいれば、
投げられたボールの行き先に
画家や音楽家や作家の創作/意図した世界を見て
それに共感/感動する人もいるのだ。

前者と後者では立ち位置も視野も全く異なる。

前者は自分自身は意識していないかもしれないが
世界の中心は自分だと思っているに実は等しい。
外野からのボールが全て自分に向かって
投げられているようなものなのだ。
これでは、生きているだけで「しんどい」だろう。

後者は、傍観者としての態度を取れる分、前者より
遥かに気楽に生きて行けるのではないだろうか?
もっとも、事柄によっては、後者でも
傍観者としての立ち位置を失う事もあるだろう。

何だか生きづらいなぁ、と感じる時は
周囲の環境だけでなく
自分の立ち位置に改めて注目してみると
良いかもしれない。



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おぉっ、今日は短くまとまりましたっ
しかし、これだけ無理に短くすると
どうも概念的で見えにくくなってしまう様な...

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